ゲーム史から見ると、女性向けゲーム、乙女ゲームというジャンルの歴史は非常に短い。ジャンルの由来となった初作は1994年、光栄から発売された『アンジェリーク』と言われている。乙女ゲームとは、女性主人公が男性キャラクターとの仮想恋愛を楽しむもので、いわゆる恋愛シミュレーションの性別が逆になったものと考えていただければ良いだろう。最近では、ユニセックスに対応できる“百合”、女性向けとして確固たる地位を築いた“ボーイズラブ”というジャンルもあるが、今回はジャンルとしての紹介に留めておく。
今回紹介するのは、女性向けゲームを古くから作り続けているサークル“roseVeRta”の『カフェ・ゼロ ~眠れる野獣~』だ。女性向けゲームといってしまうと男性ユーザーには取っつきづらいイメージがあるが、同サークルの作品中でもミステリーノベルとしての出色の出来である本作品を紹介しよう。
主人公であり、プレイヤーの分身でもあるコーリスは見慣れぬ場所で目を覚ます。とある屋敷でメイドをしていたはずの彼女だが、全く馴染みのない“カフェ ゼロ”という店のウェイターであるノワールに強引に連れ込まれてしまう。
彼女は、そこで初めて自分が死んでいるという事実を聞かされる。そして、死んだことを自身が認められずにこの場所に迷い込み、自身の死を理解するための専任担当として彼がここに送り込まれたということも告げられる。コーリスは、自身の死を認めるため死の7日前へと戻り、その7日前の中で“死んだ後にどうしたいのか、何処へ行きたいのか”を本質的に理解しなければならない。
目覚めた後、村の外から叔母を探してやってきたこと、住み込みで働くことになったアッシュフォード家の広い屋敷の中では執事のバークレー、屋敷の主である双子のナータンとイータンしか住んでいないことなどを改めて思い出す。そして双子のどちらかがアッシュフォード家の次期当主に選ばれるという大きな波が迫っていることも知ることになる。
プレイヤーがプレイ中に行うことは非常に簡単だ。7日間の中で“ヒント”と呼ばれる記憶を拾い集めながら、屋敷の中で何があったのかを追体験していくことで話は進んでいく。選択肢によって変わってくるルートの中でそのヒントを見つけ出し、エンディングを迎えれば、自分が何故死んだのかという理由も見えてくるだろう。
ゲームが始まった当初は、コーリス自身、自分が何故死んだのかを全く覚えていないため、とても無感情だ。プレイヤーは、その疑問を知るためストーリーを進めていくことになる。無感情である彼女自身の感情が灯るたびに、プレイヤーの疑問も徐々に氷解していく。最後の疑問が解けたとき、どのような選択をプレイヤーが下すのかは分からない。
15年前の失踪事件、双子の出生、そして屋敷に眠ると言われる野獣の謎・・・・・・それら全てが複雑に絡み合いコーリスもプレイヤーも話に絡め取られていく。本作品をプレイした後、きっと愛憎の重さと幸せの意味を改めて考え直すことになるだろう。愛情とは憎悪の裏返しであり、絶望とは希望の裏返しなのだと。
死生観という漠然とした概念を改めて思い直した本作品を、ウェイターであるノワールの言葉で締めさせていただこうかと思う。
余談であるが、前作『カフェ・ゼロ~溺れた人魚~』とは同じ舞台でのミステリー作品になっている。前作をプレイしてないことで困ることは何もないが、前作は現代をテーマにしているため、気になったらプレイしてみるのも良いだろう。そちらでは水野郎(ノワール談)が君を待っている。