タイムパラドックス……その言葉は、数あるSF作品においてトラブルの種であり、決して良いイメージのある言葉ではないだろう。
起こったはずのことを否定し、ありえない “もしも” を体験するIFのテクノロジーは、古今東西様々な名作を生み出した。 しかし、その行き着く先は大抵、めんどうな事件の収拾であり、「こんな現象が発生するから」と忌避されるものであることが多い。
この『Yon Paradox』という作品もその一つ。とてもやっかいで都合の悪い現象でありながら、ゲームを楽しくする大事な歯車のひとつとして組み込まれている。
本作は一人称視点のパズルゲーム。壊れたタイムマシンの修理をするためフラグメントを探すという目的から、4つのステージを攻略していく。
同じ一人称パズルである『PORTAL』や『Antichamber』とは違い、何らかの装備を使うことも無く、アクション要素が極めて希薄なパズルらしいシンプルなゲームだ。
肝心のパズル自体も難易度は高くない上、ランダム要素も極一部を除き存在しない。何度かプレイすれば考えるまでもなく、記憶で解けるようになるだろう。
しかしここで、タイムパラドックスというテーマを主軸に置いた、本作の特殊なシステムが牙をむく。それは唯一のゲームオーバー条件「過去の自分に矛盾が生じてはいけない」というものだ。
ゲームが始まり、各ステージに繋がるエントランスのような場所に足を踏み込むと、故障したタイムマシンが作動する。このタイムマシンは120秒の間、プレイヤーの動きを”録画”し始め、0になると時間は再び120に巻き戻ると同時、今までのプレイヤーの動きを”再生”し始める。それはまるで、レースゲームにおけるゴーストのような存在として、過去の自分がそっくりそのままの行動をとる。もちろん、この時も同時に今現在の自分の動きも”録画”され、次周以降に追加する分のゴーストを記録し続けている。
このゴーストたちはタイムマシンによって投影されたものではあるが、紛れもない自分自身だ。よって、ゴースト側のどこかで矛盾が生じれば、タイムパラドックスが発生してしまうことになる。
本作におけるタイムパラドックスというのは「過去の自分に観測される」ことが矛盾になるという仕組みだ。理屈としては、プレイヤーはゲーム中で”未だ操作していない未来の自分”を見ていない。よって、過去の自分の目の前に”未来にあたる今の自分”、プレイヤーが操作しているキャラが出現してしまえば、それはありえない事象、矛盾になるわけだ。
すると、ゲーム的には都市伝説の「ドッペルゲンガー」よろしく、自分はその時点で即消滅してしまう。
これが、冒頭にて記した唯一のゲームオーバー条件となり、回避しつつプレイしなければならない本作における絶対ルールだ。
さて、本作における重要な要素を語ったところで、鬼ごっこが主体となるゲームを想像してみてほしい。ホラーゲームなどがいい例だ。
その多くは、鬼に当たる存在が特有のわかりやすさを伴い登場するケースが普通だ。それは単に、恐ろしい演出のためだけでなく、ゲーム的な意味、自分はゲームオーバー判定の塊だ、という注意勧告としての意味も持ち合わせていることは言うまでもない。
ところが本作には、そういった事前に察知できる鬼の特徴は全く無い。
過去の自分である鬼たちは足音すら立てない。近づいても警告音のような分かりやすさも無い。一度認識されてしまえば抵抗の余地も無く、チェックポイントすらないゲームは最初からになる。彼らは死の塊であるにもかかわらず、プレイヤー側は何の防衛手段も用意されていない。
だが考えてみよう。そもそも、ゴーストの動きに関してプレイヤーは一番良く知っているはずだ。いつ、どういったルートで、どこに向かうかは、記憶を遡ればすぐに分かる。各所にある砂時計型のタイマーを参考にすれば、時間差で安全にすれ違うことだって容易である。
ならば、不意に出会ったとしても、そうなってしまう対策を講じなかった自分に原因の全てはあるはずだ。最初からプレイヤーには、警告なんて必要ないほどの情報がそろっている。よって、全ての過去を回避し続けることは決して無理な話ではない。
例えば、二部屋目は入ってすぐに長い通路があり、どうしても出会ってしまう危険が想定される。この場合の対策として時間をずらしてすれ違う他、壁際を歩き視点も壁側に向けることが挙げられる。このような「ゲームオーバー条件に対する小手先の抵抗」は、ある意味で大きな視点からのパズル要素と言える。
とすれば本作は、大きなパズルの中で小さなパズルを解く、二重構造という捉え方ができるつくりになっているとも考えることができる。
「タイムパラドックスの回避」は、それだけでもうパズルと言える要素なのだ。
たとえ小さなパズルが簡単でも、ゲーム全体を掌握する必要のある大きなパズルは考えるための足踏みすら許してくれない。それどころか特定の手順を必要とするパズルの難易度を跳ね上げてくる。
本作は全4部屋+難易度3つと決してボリュームのあるゲームではない。それでも、最後の部屋の仕掛けを察した時の絶望感たるや、そのゲーム性と構成が良くできていると感嘆させられた。このゲームで長丁場のプレイを強制されてしまうときっと、プレイヤーが持たないはずだ。そう思えば、298円でこの内要にまとめた上、すぐ終わってしまうゲームになっていないのは、作者の手腕の賜物と言えるだろう。
過去の己を振り返りながら、現在の自分を考慮しなければならないタイムパラドックスというシステムの存在により、今までのパズルアクションゲームとは全く違う難しさを持つ『Yon Paradox』
小手先のパズルだけが得意でも駄目、記憶力に自信があってもやられてしまうほど意地の悪い本作でぜひとも、数あるフィクションで苦しめられたタイムパラドックスの辛さと、それを乗り越える楽しさを感じてみてはいかがだろうか。