廃墟に行ったこともないのに、廃墟を撮影した写真や廃墟を歩きまわるゲームに惹かれてしまう気持ちはなんなのだろう。廃墟には何もないのに、人を惹きつける何かがあるように思えてならない。この夏、そんな廃墟好きの心をとらえるゲームに新たな一作が加わった。名は『Submerged』という。
主人公はミクという少女。瀕死の重傷を負った弟のため、さまざまな物資を求めて廃墟と化した街を彼女が探索するアクションアドベンチャーだ。ひとくちに「廃墟」と言ってもただの廃墟ではない。タイトルの「Submerged(水没した)」が指すとおり、舞台となっている街の大半は水中に没している。高層建築だけがかろうじて水上に姿を残しているものの、それらは風雨に晒され、過去の建物――廃墟となっている。
廃墟はかなりの部分を水面下に隠しているとはいえ、いずれもかなりの高さがある。加えてミクが求める物資は(なぜか)建物の屋上にあるため、舟で水上を移動して登れそうな建物を物色し、それをよじ登っててっぺんを目指さなければならない。操作はジャンプやダッシュすらないシンプルなもので、タイミングを合わせた操作を要求される場面もない。
また、特定のアイテムを別の場所から持ってきたり、スイッチ操作で行き先を開放するといったパズル要素は一切排除されている。「高所に向かってひたすらよじ登る」という意味では『ワンダと巨像』を彷彿とさせるものがあるが、本作には攻略らしい攻略はなく、とにかく先へ先へ、上へ上へと進んでいきさえすれば目的地に着くのはさして難しくない。さらに体力やゲームオーバーといった概念もないので、総じて間口は広いゲームと言うことができるだろう。
さて、それではストーリーはどうなのかというと、なぜか死の瀬戸際にある弟や水中に没した街、徐々にミクの身体に現れる異変など、さまざまな謎が散りばめられていながらも、ゲーム内で語られる情報はとても少ない。
もちろん、ゲームを進めるにつれて姉弟の境遇やこの世界に起きたことが少しずつ明らかになってはいく。ただ、それは極めて抽象的な、図形と言ってもいいほどの画だけであり、過去の出来事を記した書物であるとか、街にいた人たちが残した日記や音声、映像といったものが一切ないのだ。そして、その世界観はあまり深みを感じさせるものではなかった。
「この人の手を離さない。
僕の魂ごと離してしまう気がするから。」
というのはかの『ICO』のキャッチコピーだが、『Submerged』のミクは弟を連れて歩いたりはしないし、物語として感情に訴えかける部分というのは非常に弱い。それなら『Submerged』には何があるのだろう。それはもちろん廃墟だ。廃墟が醸し出す独特の美しさが、静かながら我々プレイヤーの感情に語りかけてくるのだ。
経年と雨風によってかつての姿は面影を残すのみとなってしまった建物群は、今やそれを彩るかのように草木が生い茂っている。足を踏み入れる先々はどこも多種多様な草木で溢れかえり、外壁のみならず、足の踏み場もないくらいだ。廃墟は人が失われた場所であり、道がなくて当然なのだが、その当たり前をやりきっているのが実によい。
また、街には昼夜と天候の概念がある。朝焼けで水面が輝くときもあれば、冷たい月明かりが建物を照らすこともあるし、曇天と雨とで街が鈍色に染まることもある。時間帯によって廃墟群は違った表情を見せ、訪れるたびに味わいの異なる風景を楽しめるのだ。
また、マップに決まった進行順がない点も素晴らしい。
弟を助けるための物資はどの建物で入手しても、進行に応じたものが必ず手に入るようになっており、結果、目についた建物をとりあえず登るというのが肯定されるようになっている。この手の風景がよいゲームは「そこに行ってみたい」という欲求をゲーム進行上の理由で否定されてしまうことが多いのだが、『Submerged』はどれでも好きなものから手をつけてよいのでとても気が楽なのだ。
物資のある場所が固定されていない、というのは設定としてはおかしいようにも思うが、廃墟を楽しむプレイヤーの「見たい」という感情に応えた、いいデザインだと言えよう。
プレイヤーの感情に応えたという意味では、スクリーンショット機能もそのひとつだ。簡素なものながら必要なものはひと通り揃えており、お気に入りの景色をいつでも撮影できる。数こそ少なめだが、この地に住まう生物や巨大なランドマークといったものもいくつかあるので、それらを写真に収めてみるのもいいだろう。
『Submerged』には心揺さぶるストーリーや攻略しがいのあるマップといったものはなく、あるのは打ち捨てられた建物と、人々に代わってそこを埋めるかのように生えた植物たちだけだ。しかし、廃墟の持つ雰囲気は抜群で、どこもかしくもため息の出るような退廃の美にあふれている。『Submerged』にはあなただけに侵入を許された、美しい廃墟が広がっているのだ。