『The Beginner's Guide』創作における光と影、ひとの在りよう

ゲームタイトルThe Beginner's Guide
    開発元Everything Unlimited Ltd.
パブリッシャーEverything Unlimited Ltd.
     定価:980円

筆者:SHINJI-coo-K
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※最初に※
この作品には有志による日本語化modが存在している。よってスクリーンショットはそれを使用したものである点に留意頂きたい。

The Beginner's Guide

本作を語るにあたって、私自身が『The Beginner's Guide』に臨んだ態度を少し話しておこう。
筆者の属人情報などは本来必要ないが敢えて語らせて欲しい。私は作曲家で音楽のクリエイションを行っている。

本作のプレイにあたり、私はどうしても「クリエイターとしての自分」を切り離してこの作品に挑むことが出来なかった。それもそうだろう、本作で描かれているのは、クリエイションそのもの、それを行う人間と周りの人々の心の動きなのだから。

The Beginner's Guide
・The Beginner's Guide の導入

本作はこのゲームの開発者であり、語り部でもある Davey という人物(The Stanley Parable というメタフィクションを特徴に持つゲームの開発者で実在の人物だ。それは前作にあたるが物語としての繋がりは無い※1)による Coda というゲームクリエイターとの話を、その Coda がデザインしたマップレベルの連作を触りつつ、独白を聞きながら進めていく作品だ。

この時点で Davey からは「Coda という人物は2011年に制作をやめたのだ」と教えられる。願わくば本作にまとめられた Coda の連作、作品集をきっかけに彼が再度制作に戻るよう励ましたい、というのが Davey の考えだ。プレイした人が面白いと感じたなら、それも励ますためのメッセージになり得るし、だからこそこの作品を作ったとも。何しろ Davey は「ゲームで違った解釈を持ったり連絡を取りたいときは」などとオープニングシーケンスで自身のメールアドレスを教えてまでそれを言うのだ。彼には Coda という人物に並々ならぬ思い入れ、感情移入がある。

The Beginner's Guide

この時点でもう、メタフィクションの構造に陥っている事にお気づき頂けたろうか?
それに関する詳細は後述する。

The Beginner's Guide
・The Beginner's Guide が描いた題材

本作の基盤となっているのは“組織によるものではなく、個人の手にあるクリエイション”という題材だ。語り部が語る Coda というゲーム開発者は組織に寄らず、個人で行う創作に没頭している人間である。
Davey がこの Coda の作品を通し、“まるで作者の心の中に入れたみたいだ”という美しい錯覚を覚えたことも、ミニマルな制作物でこそ起こりうる甘やかな心の発露だろう。例えばRPGツクール製のミニマルな作品で感じるそういった感覚。“作者が特別な招待券を渡してくれたかのようだった”という発言は今作からの引用だが、こういった心理に陥った人は居るだろう。

何しろ、ひとの頭の中を覗くのは、面白い。
たとえそれがとても無邪気な感覚だとしても。

The Beginner's Guide
この部屋の中に、彼の頭の中がある

実際、本作における最初の数シーケンスではその面白さ、無邪気さを強調して伝えようとしている箇所がある。
最もそれが顕著なのは Coda のとある部屋のシーンだ。何か神々しささえ表すような演出が行われていたのも印象深い。
そう、アイデアと情熱に満ちた者の頭の中は面白く楽しいし、美しい。

The Beginner's Guide
・The Beginner's Guide が用いるメタフィクション

本作はメタフィクションの構造を取っている。
例えば語り部はフィクションと現実世界を自由に行き来するかのようにモノローグを語るし、レベル(マップみたいなもの)の構造はポリゴン抜けによって俯瞰出来るようになっている。これにより、「これはゲームの話のゲームだけど僕の友達の話でもあって、ああそう僕の話でもあるんだけど、きみはプレイヤーなんだけど殆どのプレイを要しないんだ」という、言葉にするとめちゃくちゃな構造を取る事態になった。
そしてその構造は、物事の裏表を同時に見ることを促している。ゲームの外に目線を向けることで Coda が制作をやめた事に関するある事実が浮かび上がってくる。本作はゲームの外に存在している事実すらも含めて、一つの作品なのだ。プレイを終えた後 Coda が制作をやめた時期の Davey の動向を調べるのも興味深いだろう。

The Beginner's Guide
・The Beginner's Guide が描く創作におけるリアリティ

狂気の作品を作る人間が、正気の人間たり得る可能性。作者から生まれた作品が、必ずしも作者の投影となり得るのか。そういったテーマが作品の終盤に提示される。
最初に述べたように、私は音楽を作る人間である。狂気のような音楽も作る。けれど、作っている間は正気だ。
この文章をここまで読んで下さっているあなたに、少し考えて欲しい。狂気を帯びた作品、優しさに溢れた作品、それらと作者のこころは、必ずしもイコールなのだろうか?

とても醜悪なゲームを作ることも Coda にはあった。その時、彼は醜悪な心理に囚われていたのだろうか?
とても落ち着いた作品を作った時の彼は、創作に平穏さを求めるほど疲弊していたのではないか?

精神状態が平穏ならざるような見かけの作品をそのまま異常事態だと受け取めたのは Davey だった。そして、本作のテーマはより深い所へと向かう。

The Beginner's Guide
・本作が示した創作における光と影、ひとと、ひとの在りよう

ひとはなんのために創作を行うのだろうか。誰かから承認されるため? 自己の欲求を満たすため?
おそらくはそのどちらも正しいし、それらが等しく釣り合うことを求める者も多いだろう。
しかし、人に作品を届けることを目論む限りは、自己の欲求よりも承認を優先しなければならない。そして Davey は人に届ける事を考えるし Coda は自己の欲求を重んじる。再度言うが、そのどちらも正しく、どちらかが誤りである事は無い。
だが、その両者が関わり合うとき、互いのスペースを侵すかも知れない。
私は今作を通じ、創作が他者に与える影響を考え、そして自分自身に与える影響を考えた。

全ての絵画が落書きから始まっているように、全ての音楽がはなうたから始まっているように、プログラミングが Hello world から始まっているように、プリミティブな部分を携えている人間の在りよう。
本作の終盤で起こることに対しネガティブな反応を取る者の方が多いかも知れない。だが私は、本作の影によって引き立つ光の部分を信じたい。

The Beginner's Guide
その光とは、本作によって照らされ浮かび上がったひとの形そのものなのだろう

ものを作り上げる事と、作る人との関わり合い、あるいは作る人そのものを作品の形に落とし込み、見事に表現してみせた本作だが、この文章が何かしらの手引きになれば幸いだ。
そして何より、私に筆を執らせ、この文章を書くことの手引きとなった、或いは創作における示唆、手引きを与えてくれた本作に感謝をしたい。



※1 ちょうど週刊steamにてレビュー記事があるので参考までに
「彼は左の扉に入りました」から始まる、選択肢の物語『The Stanley Parable』


本作の日本語化はこちらを使用させて頂きました
The Beginner's Guide 日本語化プロジェクト

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